魚喃キリコを毛嫌いしてきた人に贈る読み方のススメ
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誰かが言った、
「どんな業界にもアンチは存在して、その数こそ人気のバロメータになるんだよ」

そんな人気はあるけどアンチも多い(?)マンガとして紹介したいのが魚喃キリコ作品の数々。
今回は個別のタイトルでなく、作品全体に渡る世界観で紹介していこう。

 

目次

魚喃キリコ(なななん きりこ)とは

90年代後半~2000年代初頭、ジッパー系に代表されるサブカル女子層に熱烈に支持された漫画家、1972年生まれの女性。現在も活躍中。

そもそも読めない上に、読めても釈然としない名前で、下書きかってくらいにシンプルな描画と、空虚で儚い女子たちの恋愛を描き、
主に服飾・美容系専門学生、田舎の高校生、社会人になりたての疲れた女子たちのロンリーハートを鷲掴みに。

代表作は、2017年公開の映画「南瓜とマヨネーズ」の同名原作をはじめ、「blue」、「strawberry shortcakes」など、そのいずれもが映画化されている。
(注:深キョン主演の懐かしの連ドラ「ストロベリー・オンザ・ショートケーキ」はまったくの別作品。)

人気のきっかけは独特の作画

デザイン専門学校卒業ということもあってかイラスト的なタッチが特徴で、
私は画材に関して明るくなく不明ながら、先の硬いマジックのような太めのペンでさらっと描きながらも、同時に圧力を感じる端正な線で描くといった感じ。
そのシャープさは、女性の描くマンガとして当時とても斬新で、多くの人の目に新鮮に映ったことだろう。

人物、背景への書き込みも最小限で、殺風景とさえ言える画面からは孤独や空しさがより強調されて見える。

また掲載誌はマンガ雑誌でなく、ファッション誌やカルチャー誌のみで、そうした紙面においても違和感なくスタイリッシュに溶け込んでいたという記憶が残っている。

何がアンチを生んだのか

もしこの時点で、「はいはい、オシャレなやつね」で一刀両断、興味なしと判断しているとしたら、
あなたこそ魚喃アンチ層の中核を担う、「オシャレぶったものアレルギー」の持ち主であると言えるだろう。

オシャレの基準に関しては、個人の主観に委ねられる部分なので特に言及しないが、
このアンチ層の言わんとする本質には「お前のペラさをアイテムで誤魔化すな」という部分があると思われ、
そういう(ふうに見える)人間は言わずもがな、そのアイテムとして用いられがちなジャンル丸ごとを敬遠する傾向があるように見受けられる。

当時から魚喃作品の周囲には、その独特な作風ゆえ、それを取り巻く自分探し真っ最中の若者が群がっており、
読む前から引いてしまった人、読んだとしても、外野の雑音によって共感を抱けなかった人が一定数いたことは無理もないと思う。

じゃあただのお飾りなのか

では魚喃マンガは00年代のシンボルに過ぎず、絵のタッチ同様スカスカな作品なのかと言えば、当然そんなことはなく、
発表から15年以上を経て「南瓜とマヨネーズ」が映画化されたという事実が裏付けている通り、多くの読者に支持されてきただけの理由がある。

だが今回は放っておいても興味を持てそうな層はひとまず置いて、
いかにして苦手意識を持ち続けてきたアンチ層に作品を手にしてもらうかを考えていきたい。

内容は全然オシャレじゃない

こう言ってしまえば元も子もないが、描かれている日常の描写は、上京した地方出身者、いわゆる「おのぼりさん」たちの群像劇であり、
びっくりするような事件が起きるわけでもなく、恋愛に仕事にただただ自己をコジらせまくる登場人物たちがいるだけ。

さて、ここでおおよそアレルギー反応とは無縁の、まったく対極に位置する別のマンガを思い出すことができる。

おのぼり青春モノの人気マンガ、のりつけ雅春 作「上京アフロ田中」だ。
また魚喃キリコ本人の地元での学生時代がベースと思われる「blue」という作品は、キレイに「高校アフロ田中」と置き換えが可能だ。

そう、魚喃作品は男女の入れ替わったアフロ田中だったのだ。

都会の孤独に震えながら、自分をすり減らすことでしかアイデンティティーを保てない若者、大きな口を開けて待つ郷愁から逃れようとしたり飲み込まれたり。
そうした現実を前に、実に滑稽で不器用な振る舞いしかできない登場人物たちは二作に共通していて、いずれも哀愁めいたものを帯びている。

魚喃作品には表立って笑いというアプローチはないと思われがちだが、一皮剥けば体を張った体当たり芸の応酬、そこに潜むシュールとナンセンス、広大な笑いの海がそこにあった。

つまり、魚喃作品はオシャレアレルギーを発症させることなく、甘酸っぱくも愛おしい、笑える青春モノとして読めばよかったのだ!

バカにしてるのか

男性でありながら、姉の影響で96年「water.」から07年「キャンディーの色は赤。」までの作品をリアルタイムで購入し、現在も手元に残しているくらいには魚喃作品のファンであり、まさにアレルギー持ちの皆さんからすればアレルゲンだったであろう私。
もちろん作品を揶揄する意図は毛頭ない。

いま20歳前後で初めて作品に触れる人は時代を超えて共感できる部分があるだろうし、
既に青春を通り過ぎた世代には尚更、その経験を持っているからこそ今からでも楽しめる要素が多くあると断言したい。

笑ってあげる

やはり人間誰しも世間知らずで未熟な時代があって、顔から火が出るほど恥ずかしい思い出だっていくつもあるけれど、
いつかを境に「あんときバカだったな」って自分で笑えるようになるものだ。
だから、若かりし頃に読んだ人はもちろん、これまで縁のなかった人も、今こそ作中の彼女たちを一発笑い飛ばしてあげて欲しい。

アフロ田中が「しあわせアフロ田中」として昇華を必要としているのと同様にだ。

いま、映画「南瓜とマヨネーズ」を見て魚喃キリコに陶酔しているティーンたちも、歳を重ねればきっと青春期を笑って振り返るときが来るはず。
魚喃作品は、そうしてやっと完結する作品なのだと覚えておいてもらいたい。

 

おのぼりさん大量発生の季節が迫る3月初旬、ナゾの老婆心をも抱かせる魚喃作品は完全にオススメ!

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